法話集
読む法話 「私を励まし育て続けるお念仏」 (上天草市 観乗寺 藤田慶英)
「如来の作願をたづぬれば 苦悩の有情をすてずして
回向を首としたまひて 大悲心をば成就せり」
皆さんこんにちは。私は天草の藤田慶英と申します。私は5年前に大分の中津という所から天草の今のお寺にやってきました。いわゆる婿養子です。
私は元々歌を聴いたり歌ったりするのが好きなのですが、養子に来てからというもの、その歌の趣味がどんどん古くなっており、今では並木路子さんの「りんごの唄」まで聴くようになりました。そこで、最近気づいたのですが、昭和の歌謡曲や演歌というのは今どきの歌と違って親子の歌や夫婦の歌が多いんですね。そんな昭和の歌の中に私の様な婿養子の心に刺さる歌というのがあります。さだまさしさんてご存じですよね。この方の「秋桜(こすもす)」という歌が最近はすごく心に残るんです。特に二番の歌詞がとってもいいんです。
あれこれと思い出をたどったら
いつの日もひとりではなかったと
今さらながらわがままな私に
くちびるかんでいます
明日への荷造りに手を借りて
しばらくは楽し気にいたけれど
とつぜん涙こぼし元気でと
何度も何度も繰り返す母
ありがとうの言葉をかみしめながら
生きてみます私なりに
こんな小春日和の穏やかな日は
もう少しあなたの子どもでいさせてください
私はこの歌詞の中で何でお母さんが突然涙をこぼして「元気で」という言葉を残したのかとても気になりました。「夫婦仲良く幸せに暮らしなさいね」とか「お義父さんお義母さんを大事にしなさいね」とか色々あったはずじゃないかと思うんです。ところがこのお母さんは「元気で」という言葉を絞り出すのが精一杯だった。もちろん胸いっぱいだったということもあるでしょう。しかし、私はこういうことなんじゃないかなと推測するんです。
結婚というのは、通常幸せなことです。だから「おめでとう」と笑顔で見送ってあげたいのは山々なんです。ところが、母だけはわかっているんです。新たな家族とともに幸せに過ごせないわけではないのですが、故郷・親元を離れて見知らぬ土地に一人で行くということは思った以上にさみしいものです。どんなに周りによくしてもらっても何となく孤独感を感じるときもあるのです。母だけはそれがよくわかっている。そんな酸いも甘いも経験した母だからこそ「元気で」という言葉に様々な思いを込めて娘に伝えたのではないでしょうか。そして娘さんはこの言葉に何度も励まされ救われたことではないのかと。
阿弥陀という仏さまは、私たちが自ら煩悩を振り払うことのできない愚かな身の上であることを見通して、この者たちこそ救わなければならないと、お立ちあがりくださいました。そして、南無阿弥陀仏というお念仏に自らの果てしなく厳しい修行で積んだお徳をあらわし私たちに届いてくださっておるのであります。私たちはうれしいときも辛いときもこんな私たちのためにご苦労くださった阿弥陀さまのお心に励まされ、救われていくのであります。
本日はようこそのお参りでございました。