法話集・寺院向け案内

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読む法話「迷いの人生」(玉名市 高瀬組 安楽寺 入江 祥裕)

2026/04/01 09:00

 以前このような話を聞かせていただきました。
 
 時間は過去と現在と未来に分けられます。では、未来は前と後ろ、どちらにあると思いますか?と質問されたらどちらに指を差しますか?前ですか後ろにあると思いますか?大体、前に指をさす方が多いのではないでしょうか。皆さんの未来は前ですね。

 前という漢字は「まえ」以外に「さき」とも読みます(青森県の弘前<ひろさき>市が有名ですね)。後ろという漢字は「のち、あと」と読みます。そうしたら、なぜ昨日のことは一日前というのでしょうか?一昨日のことは二日前といったり、去年のことは一年前というんでしょうか?また、明日のことは一日後と表現します。明後日のことは二日後、来年のことは一年後といいます。
 
 何がいいたいかというと、前は未来ではないということです。その証拠に私から見える方を前といいます。未来は「いまだ来たらず」ですから何も見えません。つまり前は過去です。「あの時はこうだったな。あの時はあーだったな」と過去は見えます。見えているものは過去の事ばかりで、明日どうなっているのか。明後日、一ヶ月後、来年どうなっているということはわかりません。何一つ見えていません。なぜか。それは未来を背にして後ずさりしながら生きているからです。

 つまり私たちの人生は生まれた時から、前を向いて歩いている人生ではなかったということです。我々は生まれてどんな人生歩んできたか、それは後ずさりをしながら生きてきたということです。これこそ私たちが人生を歩んでいる本当の姿だったんです。その事に誰も気づいていません。
後ずさりの人生は怖いです。どこに向かって歩んでいるかわかりません。しかも何があるかわからなければ、何に当たるかわからない。人にぶつかるかもしれない。私は人生をそんな姿で歩んでいるんです。だからどこに向かっているかわからない。この姿を「迷いの人生」といいます。
 
とお話しされました。
 
 私たちは生まれてからこの方、後ずさりしながら迷いの人生を歩み続けてきました。そういう私たちの姿をご覧になり「これは危なっかしい、ほおってはおけん」と自ら立ち上がり、自ら私たちを抱きとり「あなたのいのちの行き先はもう定めておきました。だからどうかその人生、お浄土に生まれるいのちといただきながら歩んでおくれ」と願い、導いてくださる仏さまが阿弥陀如来という仏様です。その言葉を素直に受け入れた時、迷いの人生を顧みながらも確かな人生が恵まれるのではないでしょうか。

読む法話「いのちの終わり」(宇土市 宇土北組 宝林寺 經 智敬)

2026/03/01 09:00

 寒さ厳しいなかにも梅がつぼみをふくらませちらほらと花を咲かせているのを見ると春のおとずれを感じます。
 春を迎えるといろいろな花が次から次に咲き始めますしかし、その咲きほこった花もやがては散っていく


 こんなうたがあります


  桜散る 梅はこぼれる 椿落つ 牡丹崩れて 菊は舞う

 花のいのちの終わりを喩あらわしたうたです。


 桜は散り際の潔さから散る言い、

 梅は丸みのある花弁の散り際がぽろぽろと涙をこぼすように見えることからこぼれると言い

 椿はポトリと落ちる」と、牡丹は花弁の大きさから崩れると言い
 菊は枯れた時の花弁が勢いよく散るところから舞うと言われています。

 

 ちなみに、朝顔はしぼむ、紫陽花は枯れたままその場に残るのでしがみつくと言うそうです。
 このように、それぞれの花にいのちの終わりを喩えた言葉があるのです

 

 では、私たちはどのようにいのちを終えていくのでしょうか
 一般にはあの方は死んだ、あの人は亡くなった」のだと言われます
 しかし、それぞれの尊い人生を歩んだそのいのちの終わりが、ただ「死んだ亡くなったと言われるだけなのはとてもさびしく思います。
 私たちは、阿弥陀さまのみ教えをいただいています南無阿弥陀仏とお念仏申させていただく身にならせてもらいました
 お念仏をよろこぶものは死んで終わるのではなく、「亡くなっいくのでなく、「生まれ往くのだと聞かせていただきました。

 

 親鸞聖人のご和讃に

  生死(しょうじ)の苦海ほとりなし 久しくしずめるわれらをば
  弥陀弘誓のふねのみぞ のせてかならずわたしける

とあります。


 迷いの中にしずんでいるこの私を必ずおさめとる仏さま。

 乗りて必ずではなく乗せて必ずとはたらいてくださりどのような人生であっても決して見はなさずこの私を抱き取って仏とならしめお浄土へと生まれさせてくださる仏さまが阿弥陀さまなのです。

読む法話「遠仁者疎道、富久者有智」(宇城市 益西組 正壽寺 旭 啓寿)

2026/02/01 09:00
 節分にあわせて、わが家では双幅(一対)の掛け軸を飾ります。「遠仁者疎道」と書いて(おにはそと)と読み、「富久者有智」と書いて(ふくはうち)と読む双幅です。
 漢字の読み替えで成り立つことばの面白さもありますが、仁(他から受けた事に感謝する心)に遠い人は道に疎い(道を間違う)、本当に心豊かな人は本当の智慧がある、つまり物事を正しく見つめる事ができる。という味わいのことばになっています。
 
 節分といえば鬼がつきものですが、鬼とは元々「隠」と書いて、目には見えないけれど恐れたり不安の原因となるもの、つまり心の中にある良くない感情なども含めた意味のものでした。欲も怒りも手に負えない私も鬼である、という見つめ方もそこにはあったのでしょう。
 私たちは日暮しの中で、どうしても私が中心の視点からものごとを見つめます。「かけた情は水に流せ、うけた情は石に刻め」(人の為に何かをしても忘れ、人からうけた恩は大事に)という訓語もありますが、むしろ逆に自分がした事ばかり手柄かのように覚えて、うけた様々なご恩の方を忘れる生き方をする私は「鬼」をかかえた姿といえます。
 
 「智慧」とは、私を見つめ照らし出す仏様のまなざしによって、私の有り様を明らかにするはたらきです。明らかにしたうえで「あなたをかならず引き受ける」仏となって下さったのが、阿弥陀さまでありました。
 「鬼」の私には仏様の智慧の眼の様な物事の見方はできませんが、お念仏にであい、仏様を拠り所とする歩みのなかで、自己中心の視点からほんの少し、まわりの多くの(お蔭様)で支えられた人生を歩んでいる私です。と受けとめながら、日々を味わえる私でありたい2月です。

 

新年のご挨拶 熊本教区教務所長・熊本別院輪番 大辻󠄀子 順紀

2026/01/01 09:00

 慈光迎春

 お念仏とともに新年を迎えられましたこと、お慶び申しあげます。

 さて、昨年は先の大戦終結から80年の節目の年でございました。終戦から80年以上経った今日、実際に戦争を体験されている世代が高齢化し、数少なくなられていることに加えて、これまでに経験したことのない異常気象が甚大な被害をもたらす自然災害に毎年のように直面するなどによって、戦争がもたらした計り知れないその悲しみは過去のこととして忘れ去られ、近い将来、平和実現のための取り組みが後回しになってしまうのではないかとの強い懸念を抱くことでございます。

 80年前の7月1日そして終戦間近の8月10日、ここ熊本も大空襲を受け469人もの尊い命が犠牲になりました。終戦末期はこのように日本各地で空襲が激化し、全国で41万人もの民間人が犠牲になったと言われています。

 そしてその終戦から80年の現代にあってもロシア連邦によるウクライナへ軍事侵攻やイスラエルとイスラム組織ハマスの軍事衝突、イスラエル・イラン相互の軍事行動、そこへアメリカの軍事介入など、各地の紛争、内戦、争いは絶えることなく、罪のない多くの人々が命の危機に晒されています。

 この日本においても「台湾有事」への備えと称して沖縄県の離島や鹿児島県の島に自衛隊基地が建設されており、さらには昨年の国会における首相の「存立危機事態発言」によって日中関係が冷え込み、決して「対岸の火事」ではありません。

 言うまでもありませんが、戦争は人間によるもっとも愚かで醜い所業であり、いかなる理由があろうともそれは決して正当化されるものではなく、絶対に許されるべきことではありません。武力によって真の平和を実現することは、できないのです。しかし、私たちは長く続くことでそのことに慣れてしまい、関心が希薄になっていくことこそが、私たちにとって最も恐れなければならないことであり、無関心が私たちの最大の敵であり脅威であります。

 釈尊は『法句経』に「己が身にひきくらべて、殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ。」と、どこまでも非暴力を貫く生き方をお説きくださいました。しかし我が教団は、先の大戦に積極的に加担したという過去の事実があります。そうした過去を謙虚に反省し、戦争がもたらす痛ましく悲惨な事実や数えきれないほどの悲しい死別の上に私たちが生かされているということ、犠牲になられた方々の無念さや思いを背負っていく責務があるということを次の世代へしっかりと伝えねばなりません。

 そして親鸞聖人のお示しくださいました「世の中安穏なれ仏法ひろまれ」また「御同朋・御同行」とのお心にかなうよう、お念仏申させていただきながら、自他ともに心豊かに生きていくことのできる「非戦平和」の世界の実現に微力ながら努めさせていただくことでございます。

 本年もお念仏を慶ばせていただきながら職員とともに精進してまいりますので、皆さまには引き続き、ご教導たまわりますようお願い申しあげ新年のご挨拶といたします。

合掌

読む法話「法を聞くということ」 (熊本市 託麻組 眞法寺 眞壁法城)

2025/12/01 09:00

先日、私の住む校区で開催された「マイタイムライン研修」というものを受講しました。

 マイタイムラインとは、災害の際の避難に向けての段取り表のことです。

 前もって水害や台風などの災害に対して、

 ①いつ避難を始めるか

 ②何を持って避難するか

 ③どの道を通るのか

 ④どこに避難するか

などを決めて家族で情報を共有し、いざというときに備えておくことが大切だとのこと。

 最近では「ハザードマップ(防災マップ)」とともに、自治体のホームページでその重要性が紹介され、小学校の社会の教科書などでも取り上げられているそうです。
 

 色々とためになるお話を聞かせていただいたのですが、私にとって特に興味深かったのは、災害の際に、なぜ避難が手遅れになりがちなのかということについての説明でした。

 そこには「正常性バイアス」と呼ばれるものが大いに関係しているということでした。

 バイアスとは、偏見や先入観のことであり、人間の正常な判断を狂わせる原因となるものです。

 「正常性バイアス」とは、多少の異常事態が起こっても、それを正常の範囲内であるととらえ、心を平静に保とうとするはたらきのことだそうです。

 例えば、朝起きて少しくらいのどがイガイガしていても、この「正常性バイアス」がはたらくために、「コロナになったんじゃないのか!どうしよう?」とパニックになることなく、「最近、乾燥してきたから風邪の初期症状かな。今日は体調管理に気をつけて過ごすようにしよう。」みたいな感じで冷静に対処することができます。

 心のストレスを軽減させるバリア機能ですので、悪い事ばかりではないのですが、これがくせもので、せっかくいろんなサインが出ているのに、「私は大丈夫。」といってそのサインを見落としてしまうのです。

 それが災害避難の際には、逃げ遅れにつながるということでした。

 思えばそれは、災害避難の場だけではありません。

 仏教では諸行無常を説きます。いつ終わるか分からないいのちと聞き、確かにそうだとうなずきながらも、色んな事を明日へ明日へと先延ばししている私であります。

 せっかく「いつ死ぬか分からんとよ。今しかないとよ。」と教えてもらいながらも、「そうはいっても人はそんな簡単には死ぬもんじゃない。今までずっと大丈夫だったから、今回も大丈夫だろう。」と聞き流してしまうのです。

 ただ、そんな私でもうっかり聞き流せないときがあります。それが身近な方、大切な方の葬儀の場です。そのときばかりは、素直に「そうでしたね。」と諸行無常の理を受けいれる私がいます。ふだんは法を聞き流してしまう私に、自然に法を聞かせる場が葬儀の場なのです。

 私は住職ですから、葬儀の際は、御門徒の方を送らせていただくことが圧倒的に多く、亡くなった方をお敬いして大切に葬儀を勤めるのですが、ご遺族だけでなく送らせていただく私自身にとっても葬儀の場は本当に大切なのです。

 今回は校区の防災に関する研修会ではありましたが、改めて、大切なことを気づかされたご縁でありました。

読む法話「まなざしの中で」 (西原村 益北組 慈雲寺 工藤恭修)

2025/11/01 09:00

 TBSアナウンサーの安住紳一郎さんがレギュラーで持たれている『日曜天国』というラジオ番組の中で、一つお題をあげてそのお題に視聴者の方々がそれぞれの思い出など投稿するというものがあります。たまたま聞いた時のお題は「捨てられないもの」57歳の男性の投稿でした。

 「母が亡くなって7年、父が亡くなって1年半が過ぎ、ようやく私は実家の整理をしようと重い腰を上げました。やり出してみると性格なのか息子だからか、そこまで両親の持ち物に興味や愛着はなく写真など一部を除いて意外とスムーズに断捨離ができました。

 
そんな中、母の部屋の洋服タンスの上にポツンと置いてある一つの箱を見つけました。箱を開けてみると中には私の小学校1年生から高校3年生までの通信簿と中高で所属していた野球部のユニホームが入っていたのです。

 
通信簿なんて妻や子供たちに自慢できるような成績でもなく、そして今より15キロも痩せていた時のユニホームは現在着られるはずもなくすぐに捨てようと決めたのですが、箱の中に一通の便箋を見つけました。

 
その便箋には母の字で「こうさん、よく頑張りました。私の宝物です。」と書かれていたのです。勉強もできず、野球もレギュラーではなく、本当に出来の悪い息子だったのに。忘れた頃の母の自分への愛情というものはまたグッと来るものですね。そんなことを言われた日にはさすがの私も捨てるに捨てられず私の部屋の押し入れで現在幅を利かせることになりました。姿なき親の愛情を感じています。

 この男性、自分の事を出来の悪い息子だとずっと引け目を感じていました。立派な息子に、立派な夫に、立派な父親にならなければならない。だけれども、そうはなれない自分がいた。その思いを抱える中にお母様の「よく頑張りました。私の宝物です。」の言葉にであい、救われたのではないでしょうか。

 
捨てたいと思っていた過去が「捨てられないもの」に変えられたのです。自分の全てを見てくれていた、受け入れてくれていた母親のまなざしに、母の願いに。

 阿弥陀仏という仏さまは私に「立派な人間になれ。何かを成してこい」とはおっしゃいませんでした。「あなたらしく生きなさい。あなたがどんな生き方をしていようとも、どんな心持ちでいようとも私が一緒にいるから大丈夫。」とそのまなざしで常に私を照らし続けて下さる仏さまです。

 
辛い時も苦しい時もあるのがこの人生です。その中で時に「私なんて」と自分自身を虐げる事もあるでしょう。ですが、その私を決して見捨てる事などありません。

 
阿弥陀仏のまなざしの中に生きるとは、過去・現在・未来とこの私を見抜いた上で、このいのち尽きる時「よく頑張りましたね。」と褒めていただける人生を歩んでいるということ。その人生を「南無阿弥陀仏」というのです。