新着情報

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読む法話「阿弥陀さまのまなざし」 (菊池市 菊池組 照嚴寺 髙田聡信)

2022年9月9日 ブログ

 九月上旬までの時季を初秋といい、また、晩夏ともいいます。真夏のように厳しい残暑がしばらく続くことから晩夏といわれるのでしょう。  夏の終わり頃になると、小学一年生の息子と一緒にすることがあります。それは飼育したカブトムシやクワガタのお墓を造ることです。夏が終わり、いのち終わった昆虫のお墓を造るのです。庭の土に埋めて、その上に小石を載せて、その周りに小石を敷き詰めて枠を造り、最後に合掌してお念仏を称えます。幼いころから少しでもいのちの大切さと重さを感じてもらうためです。  松本梶丸氏の『生命の見える時―一期一会』(中日新聞本社)に三歳の女の子の「つぶやき」が紹介されていました。 「毛虫さん、信号は赤ですよ。あぶないですよ。」 この言葉に対して、松本氏は 「この女の子には、毛虫に対していささかの差別も嫌悪感もない。生命(いのち)そのものを見ている。」 と述べておられます。「毛虫に信号の色がわかるものか」と見てしまえば、もはやいのちの共感は生まれませんが、残念ながら私のまなざしはそのような心であらゆるものを見ているのではないでしょうか。  お釈迦さまはその心を「分別心(ふんべつしん)」といわれ、その心は絶えず自己中心から起こっていると教えてくださいます。  また、暑い時季になると私はよく庭の草刈りをしますが、その中で天敵が一つあります。それがドクダミです。根が張っているので、刈り取っても数日経てばすぐに生えてきます。しかし、このドクダミ、都会では「山野草」として重宝されているのです。面白いと思いますね。一方では雑草扱い、所変われば貴重品扱いですから。  そのように「これは役に立つのか、役に立たないのか」と世の中を見ようとする私がいます。そしてその心は留まることを知らず、いつしか人のいのちまで「役に立つのか、役に立たないのか」と見かねないのが私のまなざしではないでしょうか。  一方、阿弥陀さまのまなざしには、いのちに「役に立つ」も「役に立たない」もありません。おひとりおひとりを絶えず「中心」とご覧になられるのが阿弥陀さまのおこころです。これを「お慈悲」といいます。そのお慈悲いっぱいでもって、この私をいつも呼び続けてくださるのが「南無阿弥陀仏」です。そのお慈悲の中で私たちはお育てをいただきながら歩んでいくのであります。
読む法話「いのち」 (八代市 八代組 安養寺 岸部賢悟)

2022年8月16日 ブログ

最近、お笑いコンビ「バナナマン」の日村勇紀さんが出演する、こんなテレビのコマーシャルを見ました。   健康について考えてみた。しかしそれは自分の不健康について、考えることでもあった。ハナから健康な人は健康に   ついて考えない。赤ん坊が、若さについて考えないのと同じだ。  と、話は始まります。そして、   健康について考えていると自分の不健康さが目に映り、気が重くなってしまうので、「不健康を補う」ではなく、   「健康をゲットする」と考え方を変えていこう。なるほど、ものは考えようだ。確かに気が楽になってくる。  と、続いていきます。これは、行動経済学における、「同じ出来事でも、ものは考えようである」という「フレーミング効果」の一例だそうです。  さて、仏教において、お釈迦さまが示された「生・老・病・死」という言葉は、生まれたものは必ず年を重ね、病気を患い、いのち終えてゆかねばならないという私たちのいのちの真実の姿をあらわしています。  お釈迦さまは晩年に、   老いることを忌み嫌うのは、若さの驕りである。   病気になることを忌み嫌うのは、健康の驕りである。   そして、死ぬことを忌み嫌うのはいのちの驕りである。  と、説かれています。  しかし、私たちは生まれた者に老・病・死があることは頭ではわかっていても、どこか他人事でこの私のいのちの営みだとはなかなか受け止めることができません。  私たちは、生まれた自らのいのちは大切にしているつもりです。しかし、そのいのちに対して「歳は取りたくない、病気にかかるのはいやだ、死にたくない」と嘆くだけなのであれば、それは、「生・老・病・死」のいのちの姿のうち、「生」だけしか大切にできずに驕り高ぶっているということなのです。  思うように体が動かせなくなった辛さや、食べたいものが食べられなくなったり、やがては必ず死んでいく身であると感じる寂しさの中にも、不思議な因縁の中で出遇えた「しあわせ」を喜び、大切な人たちと寄り添いながら生き抜くことの有り難さを慶べたとき、「生・老・病・死」のすべてを、本当にいのちを大切にできているといえるのです。  阿弥陀さまのお話を聴聞していくことは、私たちの身勝手で自己中心的な考えを知らされ、自らの愚かさに気づかされていく世界であります。ですが、それと同時にそんな私を目当てとして「我にまかせよ、必ず救う」と常にはたらきかけてくださる阿弥陀さまのお慈悲に包まれた人生を歩んでいることに気づかされるご縁でもあるわけです。  これからも共々にお聴聞を慶びながらお念仏の日暮らしを続けてまいりましょう。南無阿弥陀仏
読む法話「お浄土の荘厳は阿弥陀様の慈悲の表れ」 (芦北町 芦北組 覚円寺 黒田了智)

2022年7月1日 ブログ

 七宝(しっぽう)の宝池(ほうち)いさぎよく  八功徳水(はっくどくすい)みちみてり  無漏(むろ)の依果(えか)不思議なり  功徳蔵(くどくぞう)を帰命せよ  こちらは親鸞聖人のお書き下さった、『浄土和讃』のうちの一首で、『仏説無量寿経』に説かれている、お浄土の荘厳、様子を表したものです。七種類の宝石がちりばめられた池には、八つの功徳を持つ水が湛えられている、とあります。  天親菩薩が著された『倶舎論(くしゃろん)』において、この八つの功徳とは①甘く②冷たく③軟らかく④軽く⑤清らかで⑥臭くなく⑦飲む時喉を損なわない⑧飲み終わってお腹を壊す事ことのない水、と説明されています。  水というのは生きていくのに最も欠かせないものです。私は京都での学生時代、懐事情が怪しくなった時、電気やガスを止められることが数回ありました。しかし、同じように料金を滞納していても、電気やガスは止まっているのに、水道は止められたことはありませんでした。聞きますに、電気やガスは止まってもなんとか生きていけるが、水道だけは止まると生死に関わるので、料金を滞納してもぎりぎりまで止めるのを待ってくれるそうなんです。  災害で生き埋めになり、数週間ぶりに救出された方が、天井から落ちる水滴を口にしてなんとか生き延びた、という話もあります。それほど水というのは生きるのに必要不可欠なものです。  現代の日本では、蛇口をひねれば安心で清らかな水が出てくるのは当たり前のことですが、かつてはわざわざ水源や井戸まで水をくみにいかなければならず、中にはあまり飲むのには適しないけれども、仕方なく利用していたということもあったでしょう。  お釈迦様の旧跡をたどって、インドへと旅行されるお坊さんの仲間が結構いらっしゃいますが、行かれた方の感想を聞くと、また行きたいという方とニ度と行きたくないという方とニつに分かれます。もう行きたくないという方のほとんどが、旅行中に食べ物や水が合わずに、お腹を壊して大変だったとおっしゃられています。私も一度は行ってみたいと思うのですが、どちらかと言えばお腹を壊しやすい方なので、そういう話を聞くと、二の足を踏んでしまっております。日本と比べれば、現代のインドでも、水というのはまだまだ清浄とは言えないのかもしれません。  今のインドでもそうですから、かつてお釈迦様のいらっしゃった頃のインドでの水事情は、さらに厳しかったであろう事が想像できます。濁ったり匂いがして、飲めばお腹を壊してしまうような水でも飲まなければならないような人も沢山いたのでしょう。  お浄土というのは、阿弥陀様の願いが叶えられた世界であります。逆に言えば、阿弥陀様の願いというのは、私たちが生きる現実社会の裏返しであります。つまり、八つの功徳を持つ素晴らしい水があるお浄土というのは、生きるのに欠かせない水に苦しむ、私たちの姿を表しているのです。  水を求め争い、飲んだ水によって病気になったり命を落とすことが決してない世界を阿弥陀如来がお作りくださった。それは、水に苦しむ私たちの姿を案ぜずにはおれない、阿弥陀如来のお慈悲のあらわれでありました。  そして、そのお慈悲というのは、阿弥陀様のさとりの智慧より生まれたものであります。智慧と慈悲が円満し、決してニ度と水に苦しませることがないという阿弥陀様の願いが成就された場所、それがお浄土でありました。
読む法話「当たり前はこわい」 (熊本市 託麻組 眞法寺 眞壁法城)

2022年6月1日 ブログ

 突然ですが問題です。  「上の反対は下、右の反対は左ですが、当たり前の反対は何でしょうか?」  お分かりになりましたでしょうか。答えは「有り難う」です。  「有り難い」とは、「有ることが難しい」、つまり、「滅多にない」ことであるから「感謝する」という意味で使われるようになったことばであります。「滅多にない」の反対は、「いつものこと、当たり前」といえるので「当たり前」の反対は「有り難う」となるのですが、この「当たり前」ということば、ちょっとこわい一面をもっていると私は最近感じています。  実は私、3年ちょっと前に大腸がんの手術をしました。術後にリンパ節への転移が少し認められたので(ステージ3)、半年ほど点滴と薬による抗がん剤治療を行いまして、現在は約3か月に1回の検査を受けております。前回の検査は先月の5月でしたが、特に異常はありませんでした。  さてこの検査、結局年に4回受けることになるのですが、血液検査だけで終わるのは1回だけで、残りはCT検査、MRI検査、大腸検査を順番にやっていきます。その中でも大腸検査は、前日の食事制限に始まり、朝から検査、結果が出るのは夕方になることもあり、かなり時間のかかるものになります。術後数回目までの検査のときは、たとえ一日がかりの検査になったとしても最後の「異常なし」を聞いて一安心して家に帰れていたのですが、検査に慣れ、何度も「異常なし」を聞いているうちに、いつの頃からでしょうか、前日から準備して一日検査して、そしてその結果が「異常なし」だと、 「今回の検査は、1回くらい飛ばしてもよかったんじゃないかな~」 と、何だかとても時間を損したみたいな気持ちになってしまっている自分に気がつきました。  病気をしたとき、それまで「当たり前」だった健康が、実は大変有難いことだったと身をもって気づかされます。ですから、病気のとき、またその直後には、「異常なし」は「有難い」ことなのです。ところが病気から回復してしばらくたってしまうと、また健康が「当たり前」に戻ってしまい、その結果、「異常なし」も「当たり前」、そして出てきてしまうのは、「時間を損した」というような不平であり不満であります。  できるだけそう思わないように気をつけてはいるつもりですが、「当たり前」という感覚は、どうやら人から感謝の心を奪ってしまうようであります。  今日という一日を考えてみても同じです。「有り難き今日」と受け取るか、「当たり前の今日」と受け取るかで、同じ一日でもずいぶん違ってくることになります。前者の受け止めからは大切に過ごす一日が、後者の受け止めからはうっかりと過ごしてしまう一日が、ついつい目に浮かんできそうです。  ちなみに、私たちがお経をお勤めするときは原則としてお経本を用います。何回も読んでいるので経文は覚えているのですが、お経本を用いるのが作法となっています。「当たり前のお経」ではなく、「有り難いお経」であることを身体全体で再認識するために先人の方々が作法として残してくださっているのです。
読む法話「流れてもわが身に遺るお念仏」 (相良村 球磨組 聚教寺 恒松見照)

2022年5月15日 ブログ

 この言葉は、「令和2年7月豪雨災害」で被災されたご門徒さんが、災害から半年後にようやく新たにお仏壇をお迎えされた時に、つぶやかれた言葉です。  大切なものをなくしてしまったけれども、この身に付き遺ってくださっていた「お念仏」の心強さを当時を振り返りながら語って下さいました。  被災当時は勿論、片付けに必死だった半年間は心に余裕もない日々でしたが、新たにお仏壇を迎えられ、手を合わせお念仏することができてほんとうによかったと喜ばれつつ  「日頃より、何が起こるかわからない世の中だと言うことは、知っていましたが、実際、それを体験してみると、どうしてよいかわからなくなりますね」  「いつも仏さんは私と共にいて下さっているのでしょうが、まさかっと思うことが起こると、それをうち忘れてしまいますね〜」 とありのままのお気持ちもお話しくださいました。  親鸞聖人は『正信念仏偈』に源信僧都の言葉を引用され   「我亦在彼摂取中(がやくざいひせっしゅちゅう)    煩悩障眼雖不見(ぼんのうしょうげんすいふけん)    大悲無倦常照我(だいひむけんじょうしょうが)」   「我もまたかの摂取の中に在れども、煩悩の眼障えられて見たてまつらずといえども、大悲倦(ものう)きこと無く   して、常に我が身を照らしたもう」 とお示しくださっています。   親鸞聖人は「仏教徒」といえども仏さまを忘れてしまうことが、次から次に起こるこの世だからこそ、逆に常にわたくしを忘れずにいてくださる仏様の存在を「心強い」と喜ばれたのでありましょう。  もうすぐ災害から2年目を迎える今、仮設住宅へお見舞いに参りますと、お届けした支援物資を手にしながら多くの方が  「私たちの事を わすれんでいてくれて ありがとう」  「思ってくれて ありがとう」 と感謝の言葉を口にされます。    いつも、思いつづけ 支えつづけてくださる存在(仏様)が、如何に心強いものなのかを被災者の方々から再確認させられています。
読む法話「モノの見方、考え方」 (天草市 天草下組 西明寺 佐々木教将)

2022年4月15日 ブログ

 「「凡夫」といふは、無明煩悩(むみょうぼんのう)われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえずと…」  《現代語訳》  「「凡夫」 というのは、 わたしどもの身には無明煩悩が満ちみちており、 欲望も多く、 怒りや腹立ちやそねみやねたみの心ばかりが絶え間なく起り、 まさに命が終ろうとするそのときまで、 止まることもなく、 消えることもなく、 絶えることもないと…。」 『一念多念文意』  ここ二、三年のコロナ禍で外出ができなくなりテレビを観ることが増えました。そんな中私が最近観ている番組で「ポツンと一軒家」があります。皆さんはご覧になられたことありますか?  この番組は、人里離れたところにポツンと建っている一軒家を探し、そこで暮らす人に取材をするバラエティです。私が最初この番組を観たときは、本当にこんな山奥に夫婦二人とか、一人で住まわれているのかと、その事ばかりに驚いていました。けれども回を重ねるうちに、住人の方のそこに住むようになった理由や生い立ち、または土地の魅力など、むしろそちらのほうに興味を惹かれることが多くなっていきました。また、この番組はときに私に新たな気づきを与えてくれることもあります。  この番組の中でとても私の印象に残っている回があります。あるご高齢の男性(以下、Aさん)のお話です。  Aさんは奥さんを先に亡くされています。しかし、一人で畑を作り、薪割りをし、食事を用意して楽しそうに暮らしていらっしゃいました。  取材の中でご自身の少年の頃の話をされたのですが、Aさんは毎日小学校へ行くのに、2kmの坂道を下り、その先にある昼でも暗い小高い丘の森を抜け、その下にまた3kmの上り下り坂を歩いて登校していたそうです。  そこを一人で通っている頃は、なんでこんな道を通って毎日登校しないといけないのかと嫌で嫌で仕方がなかったそうです。Aさんにとってこの長い通学路は自分への障(さわ)りだったのです。  しかしある日、Aさんの家の近所に女の子が引っ越して来たそうです。三歳下の子で翌日からその女の子とAさんは二人で手を繋いで通学するようになりました。それからというもの行きも帰りも二人一緒で、毎日が楽しく、今まで嫌だ嫌だと思っていた坂道も暗い森も微塵たりとも苦になりません。これが幸せなんだと当時のAさんは女の子と登校下校する度に思っていたそうです。私にもその気持ち分かります。私の青春を思い出しました。  そこで話は現在に戻るのですが、今から三年前にその女の子はお浄土に往生されたそうです。続けてAさんは、「それが私の妻です。共に苦労をしてその苦労が報われました。」とお話しされておりました。Aさんの後ろにあったお仏壇にはその女性の写真と阿弥陀さまがご安置されておりました。  この回を観て私は、青春を共に歩んだ奥様を亡くしたAさんにはとても言葉にならない悲しさ辛さがあるのだろうと思いましたが、それ以上にAさんにとって毎日嫌だ嫌だと思っていた道が奥様との出会いにより逆に幸せを感じる道になったことに共感させられるものがありました。  先程のAさんの話で、毎日嫌だ嫌だと通ってた道が、ある日からまだ着きたくない、帰りたくない道へと変わったとありましたが、私自身にも似た経験があったからです。私は高校に通っていた頃、自転車で毎日45分かけて登校していました。長い長い上り坂を一人ぼっちでハーハーと息を荒げて汗を流しながら自転車を漕いだものです。しかし学校で友達ができると、それまで辛かっただけの道も早く学校に着きたいと思うわくわくした道になっていました。一つのきっかけで私の中のモノの見方、考え方が変わったのです。裏を返せば、きっかけ次第でなんとでも思ってしまう我が身であります。  このような私の姿を凡夫といいます。  今回冒頭にいただいたお言葉は、浄土真宗を開かれました親鸞聖人が私に顕わしてくださったお言葉です。凡夫というのは阿弥陀さまがご覧になった私の姿であります。分かりやすくいうと、自己中心的なモノの見方、考え方しかできないこの私ということです。  そして、「南無阿弥陀仏」と私がお念仏を称えさせていただいているということは、もうすでに阿弥陀さまのおはたらきが私のもとに届いてくださっておるということも親鸞聖人はお示しくださっています。阿弥陀さまのおはたらきに私が照らされていたからこそ気づく私の凡夫という姿。そんな凡夫である私を見捨てず、放さずの阿弥陀さまと一緒に私は今、往生浄土への歩みをさせていただいております。  ふとしたことで「モノの見方、考え方」が変わってしまう、私の凡夫という姿をあらためて気づかせていただいたAさんの回は私にとって大切なご縁でありました。  コロナ感染拡大や戦争が勃発する緊迫した現状でありますが、一日一日を丁寧に過ごしたいものです。              称名